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16.色々と予想外です!⑤

Author: 鷹槻れん
last update Last Updated: 2025-07-04 00:00:27

頼綱《よりつな》から解放されて、床のカバンを手に取ると、私は半ば逃げるように自室の扉を開ける。

 後ろから付いてこられたら拒み切れる自信がなくて、慌てて扉を閉ざそうとしたら

「すぐ夕飯だからね」

 閉め切る直前、頼綱の声が背中に飛んできて、私はビクッと身体を震わせてから「はいっ」と優等生みたいな返事をして、いそいそと扉を閉ざす。

 ひとりになって佇むと、ふわりとどこからともなく頼綱の香りが漂って。

 さっき抱き寄せられた時の移り香だと思い至った私は、真っ赤になってその場にヘタり込む。

 もぉ、何あれ、何あれ。

 いきなり抱きしめてくるとか反則だよっ!

 思いながら握りしめたままのカバンにふと視線を落としてから、ハッとしたように荷物をかき分けて底に入れた青いふたの容器を引っ張り出す。

「よかった、汁、漏れてない」

 ホッとした途端現金にもグゥッとお腹が鳴って、私はすぐに夕飯だと言われたくせに、無意識にタッパーのフタを開けてしまう。

 一応1日持ち歩いてしまったし、と思って鼻を近付けてクンクンにおいを嗅いでみて、美味しそうなにおいに「大丈夫そう」ってホッとする。

 そのまま半ば条件反射みたいにひとつつまみ上げ……ようとして手洗いがまだだったとハッとして手を止めた。

 うー、またお預けかぁ。

 そう思って肩を落としたところで、さっきカバンをあさったとき無意識に中から取り出して床に置いた携帯のお知らせランプがバイブ音とともに点滅し始めて。

「あ……」

 そういえば大学で講義を受けるのにマナーモードにしたまま色々あって、オフにするのを忘れていた。

 何だろ?

 思ってタッパーにフタをし直してから、おもむろに携帯に手を伸ばす。

「寛道《ひろみち》……」

 からの着信だった。

 何の用かしら?

 通話ボタンを押して「もしもし」と応答したら『花々里《かがり》、無事か!?』とか。<

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     だって今日 寛道《ひろみち》としたことで最大のイベントごとってカボチャのはずだし。 それ邪険にされるとか有り得ないよ。 そう言おうとして、またしてもハッとある事を思い出して、「あ! お母さんのお見舞い!? それも寛道としか行ってないよ?」 せかせかとそう付け加えたら、『それもっ、今はいいんだよ!』と一蹴されてしまった。「じゃあ、色々って……何? さっぱり分かんない!」 言い捨てて電話口で首を傾げたら『お前、あの男に抱きしめられたって……。その後とか……ほ、他には……っ』って何故か歯切れ悪く言われて、ブワリと身体に熱がこもる。 そ、そこ、掘り下げてきます? 自分もいきなり抱きしめてきたくせに? そんなことを思いながら、私はしぶしぶ白状することにした。「は……」『は?』「は、……鼻水はっ! 寛道にしかつけてないからっ!」 頼綱《よりつな》との時は鼻を打ったりしなかったし、涙目にもならなかったから大丈夫! そう言って胸を張ったら『はぁ!? お前、俺に鼻水つけたのかよ!』って……。 だからあの時散々そう言ったじゃない! ムッとして電話に向かってベーっと舌を出したら、見えていないからか、寛道が気持ちを切り替えたみたいに言ってきた。『あー、まぁあれ。そのことは明日また学校行きながら聞くから』 そのことって?と考えてから、もぉ、しつこいなぁと思って、「鼻水は洗濯すれば落ちるでしょう? 許してよぉ」と言ったら、『バカっ! 誰も鼻水のことなんて話してねぇし。俺が気にしてるのはお前があの男と……』って言いかけて。『あー、もうっ、とにかく! 明日また今朝のところで待ってるから。あそこぐらいまでは迷わず出てこいよ? 分かったな!?』 って、一方

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     間近でそんな風に問われたら、彼を好きな気持ちに――というよりそれに気付いたことに――勘付かれてしまったんじゃないかとドギマギしてしまう。「わ、たしっ、基本的には素直なタイプなんですっ」 照れ隠しにそう言ったらクスッと笑われた。「そうか。じゃあ、そんな素直な花々里《かがり》に、帰りが遅くなるのに連絡を入れなかったことについて、責めさせてもらっても構わないよね?」 言って、頼綱《よりつな》が私を腕の中に閉じ込める。「あ、のっ、頼綱っ」 寛道《ひろみち》に抱きしめられた時には鼻水のことしか頭になかったのに、頼綱のそれはただただ私の心をざわつかせて。 慌てて喘ぐように息を吸い込んだら、鼻腔を頼綱のにおいが満たしたことにも戸惑いを覚えて身体が跳ねてしまう。 その拍子。肩にかけていたトートバッグがバランスを失って、床にドサッと落ちてしまった。なのにそれにも気が回せないぐらい、心臓がうるさく騒いでいる。 きっと寛道と同じことがあったら「カボチャ!」ってなってたはずなのに、それすら気にならないぐらい今の状態に動転しているのは、八千代さんの作る夕飯の香りがここまで香ってきていてカボチャへの関心が薄れてしまったから、なんて理由じゃないと思う。「遅くなるならそう連絡をしないと。――八千代さんにも迷惑を掛けてしまうと思わなかったの?」 その言葉にハッとして身じろいだら、私を抱きしめる腕に力が込められて、「俺も……何かあったんじゃないかと心配したんだよ? 分かってる?」 耳元に静かな声音で落とされた言葉に、全身が粟立った。「ごめ、なさ……」 耳まで一瞬で熱くなってしまったことに気が付いて、それを頼綱に気付かれたくなくてうつむいたままそう言ったら、「――明日は大学、何時に終わる?」 と問いかけられた。 明日は1コマほど最後の講義が休講になっていたはず。 それを思い出しながら「17時前には――」

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    「僕の花々里《かがり》にこんな無粋な痕跡を残すとか……腹立たしいにも程があるね」 そのままアザに口付けられてゾクリと背筋が慄く。「あ、あの、頼綱《よりつな》……、私……」 これは素直に話した方がいいかも知れないって思って……ここから大学までのルートが覚えられなくて迷子になってしまいそうだった旨を話して。「そ、それでね、小さい頃から私が方向音痴なのを知ってた寛道《ひろみち》が心配して送り迎えしてくれたの……」 この手首の赤いのは私がモタモタしていて寛道を苛立たせてしまって引っ張られただけだと……一生懸命訴えてみる。 手首を握られた経緯については少し嘘を織り交ぜてしまったけれど……でもそこは伏せておかないと頼綱を余計に不機嫌にさせてしまいそうな気がして言えなかった。「頼綱は……お仕事あるし……迷惑掛けられないって思って。……ごめんなさい」 最後の〝ごめんなさい〟が効いたのか、頼綱が手を開放してくれてホッとする。「花々里。昨日俺と一緒に大学までの道のりを往復歩いたと思うんだけど。あれでも覚えられなかったということかい?」 ややしてポツンと頼綱にそう落とされて、私はソワソワと視線を泳がせる。 口調こそ「俺」に戻ってくれたけれど……その言葉を肯定するのが何となく憚られてしまう。 だって私、昨日は頼綱に無理言って車ではなく徒歩で道を教えてもらったのに。 それなのに目印にしていたものがことごとくダメなものだったって知ったら、寛道みたいに。いや労力を費やした分、下手したらそれ以上に……。 頼綱、呆れちゃうんじゃないかな。 それが、すごく怖くて。「もしや――1度歩いたぐらいじゃ、うまく

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     あの人、百足《むかで》だった。  靴が多すぎて、どの靴を履いて行ったのか……そもそも靴が減っているのかすら私には分からない。 家の前の車庫に車あったっけ? そもそもシャッターはどうだったかな。  開いてた? 閉まってた? うー。思い出せないっ。 考えてみたら家の前に帰り着いた時点で真っ暗だったし、いつも以上に周りが見えていなくても不思議じゃない気がする。 今日 寛道《ひろみち》に、「お前は景色を見てるようで見てないんだよ」って言われたんだけど、そういう事なんだって今、思い知ってます。  もし頼綱《よりつな》のほうが先に帰宅していたら、きっと「どこに行ってたんだ?」って聞かれてしまう。 あの人、今朝、今日は何時まで講義があるか聞いてきたし、問われたら絶対まずい。 ふと腕時計に視線を落とすと、20時を過ぎていて。  18時過ぎに大学が終わって、どんなにちんたらしたって19時までにここに帰りつけないなんてことがないことぐらい、私にだって分かる。 どうかまだ戻ってきていませんように。 祈るような気持ちでそろりそろりと廊下を歩いて、自分に割り当てられた部屋を目指す。 あそこを曲がれば自室、ってところで「花々里《かがり》」と、仁王立ちしている頼綱に呼び止められた。 その声に、思わず「ひっ」と悲鳴が漏れる。「おかえり。――随分のんびりとした帰宅だね。外、真っ暗だっただろう」 淡々と問いかけられて、私は頼綱から距離を取るように壁づたいにずりずりと背中を擦りながら自室に向けて横スライドする。「あ、あのっ、ちょっとお母さんのところへお見舞いにっ」 帰りが遅かった理由としては妥当だし、堂々と言えば良いものを後ろめたさに後押しされて、私は頼綱の目を見られない。 すすす、っと視線を逸らすようにしながらそう言ったら、まるで遅く帰宅したことの言い訳にしか聞こえなくて、自分でも空々しいと思ってしまった。 私本人がそう感じているのだから、頼綱が思わないわけがない。「そう

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